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2012年5月7日午前11時… 
オトク旗の町のホテルからバスで2時間。
やっと沙漠に足を踏みしめることができました。
沙漠の風を感じたくて、大きく手を広げ、深呼吸した私(Toshi)でした。

ここは中国・内モンゴル自治区オルドス市オトク旗のオトクチ沙漠。
NPO法人「草原の風」主催の沙漠植林ツアーに参加したのです。
以下、そのレポートです。


バスを降りて、周りをぐるっと360度眺めてみました。


バスからさらに歩いて30分、12時ごろ現場に到着。
スコップ片手にいよいよ作業開始です。


いざ作業開始!
右のトラクターに載せてある丸太棒のような木が苗木です。

穴を掘る
沙漠にひたすら穴を掘ります。深さは80~100センチ。
でも砂ばかりで、粘土や砂利がないので、意外と楽に掘れます。。

凹地だと50センチ掘れば水が…
50センチも掘れば、砂が湿っぽくなります。
凹地の場所だと、この写真のように水がしみ出してきます。
(穴の底に光って見えるのが水です)
沙漠とはいえ、地下には水がある…。驚きでした。


苗木を植える。強風にも耐えられるよう、しっかり踏み固めます。


昼食
ちょっと遅めの昼食。
モンゴル風肉じゃが(ホイツァイ?)とマントウ?。
牛肉がザクザク入って、おいしかった。

若者たちの交歓風景
モンゴルと日本の若者たちの交歓が始まりました。若いって、いいなあ。

若者たちが勢ぞろい
モンゴル側は内モンゴル師範大学で日本語を学ぶモンゴル族の学生さん、およそ30人?。片言の日本語ができます。
日本側は東京と滋賀の高校生が6人。
見ただけでは日本人なのかモンゴル人なのか、サッパリわかりません(笑)



砂丘を登る。けっこう大変です。


みるみる植えられていく
大勢なので、作業がはかどります。
ひとつのブロックの植林が終わると次のブロックへ移動です。

師範大学の学生さん
学生さんたち、みなよく働きます。驚きました。
特に師範大学の学生さんたちの働きはすごい。沙漠化を何とかしないといけないと、自分たちの問題として捉えているからなのでしょうか。


根付け! 伸びよ!
苗木の中には若葉が芽吹いているものがありました。
根づけ! 根をはれ! 大きくなれ! 沙漠に緑の木陰を作れ!



1日目の作業終了
4時50分 丘の上からハスゲレルさんの「作業終わりーっ」の掛け声。
お疲れさまでした。

一行は、歩いてバスまで30分、さらにバスで2時間近くかけてオトク旗のホテルへ帰ったのでした。
夜のビールがうまかったこと、言うまでもありません(笑)。


現地1日目のレポートはこれまでです。2日目は【その2】【その3】をご覧ください。


★ 沙漠とは? 「草原の風」とは? 旗とは? ハスゲレルさんとは?…
そんな方には下記が参考になりそうです。
ご覧ください。
   ・飯田日中友好協会のサイト
   ・南信州新聞の記事

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2012.05.29 Tue l 旅行記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2,012年5月8日 オトクチ沙漠植林ツアーの現地2日目。
心配した風もなく、きょうもまずまずの天気のようです。

ホテルの5階の窓からオトク旗の町を見る
ホテル5階の客室の窓から見たオトク旗の街並み。
道路が広くてまっすぐに伸びています。
マンションの建設ラッシュには驚くばかりです。
こんなに建てて誰が入居するのだろう? 
オトク旗の人口は9万人(2004年)だとか。
私の住むほぼ同規模の人口の町と比べると、オトク旗の町の整備ぶりに驚きます。

オトク旗のホテル近くの交差点。左の6階建てがホテル
ホテル近くの交差点の風景。早朝のせいか車が少ない。
左の6階建ての建物が宿泊したホテルです。昨年できたばかりらしい。


朝8時半、ホテルでバスに乗り込む。
8時半、日本人一行32名は疲れも見せずバスに乗り込みました。

パトカーが先導してくれる。
現場までの道中はパトカーが先導してくれます。

車窓風景 沙漠と緑の木立
バスの車窓風景。貧弱な草原と沙漠が混在しています。
ところどころに緑の木立があります。過去に植林されたものだそうです。

天然ガスの採掘基地
遠くに天然ガスの基地が見えました。
内モンゴル、特にこのオルドス地域は天然ガスなどの天然資源が豊富で、(マクロの数字上では)経済的に豊かだと聞きます。

沙漠にも緑の木立
ところどころで、こんな立派な緑の木立も見えます。
昨日植えた苗木も、何年か先にこんなに大きくなってほしいものです。

現地駐車場に到着。
現地の駐車場に到着。
5月とは思えないほど気温が高く、太陽が照りつけています。
でも、爽やかな風が吹いて気分は上々です。

1-IMG_1117.jpg
何が始まるかと思ったら、沙漠でセレモニーが……。
「草原の風」さんと天台宗「一隅を照らす運動」さんから、現地のお役所責任者に植林援助などの目録が贈呈されました。ひとつの地域に対し長年こうした援助を続けて、顔の見える関係を築いておられるのは素晴らしいことです。

2日目の作業が始まった。
2日目の植林作業が始まりました。
じつは2日目は予定がいっぱい。植林作業はお昼過ぎまでで終わり、昼食の後お寺さんや学校へ行くのです。
短い時間ながら、皆さん精一杯作業をします。



最後のひとふんばりです。皆さん、きょうも本当に頑張りました。

小休止
作業の合間の小休止でくつろぐ皆さん。沙漠では休憩と水分補給が必須です。


記念写真。こんなに大勢で植林しました。
作業を終えて記念写真ヲパチリ。
こんなに大勢の人が関わったんですね。
どうりで作業がはかどった訳です


さあ、いよいよ近くの牧民さんのお宅で昼食をいただくことになりました。

歩いて牧民さんのお宅まで来ました。
沙漠にかこまれた牧民さんの家。タイル張りのような外観で、こざっぱりした感じがします。
建物は数棟あって、家族は両親と若夫婦かなと推察しました。
いまは沙漠のただ中ですが、数十年前まではおそらく美しい草原でゲルでの遊牧の暮らしだったのでしょう。


ウシとヤギが飼われていました。
これだけの頭数で暮らしが成り立つのだろうか、それもほとんど沙漠の中で…と心配になりました。

牧民さん宅での昼食風景
家の中で昼食をいただきます。招かれたのは居間のような部屋。すでにテーブルにはいろいろな料理やデザートが並べられていました。
この部屋、窓の下には暖房用パネルヒーター(温水式?)があって、頭上にはエアコンまでもついていました!。少なくとも貧しい暮らしぶりでないことはうかがわれます。やれやれ、ホッ。

昼食の料理
昼食のメニューの一部です。
まずはスーテー茶から…。粟(アワ)とクリームのようなチーズを浮かべて飲む。乾いた体にしみこむようで、何ともおいしかった。お代わりして3杯もいただいてしまいました。
ヒツジの肉からデザートまで、何種類もの心づくしの料理(写真以外にもあり)。
もてなしの心が感じられて、どれもおいしかったのです。

牧民のおじさんに馬に乗せてもらう
学生さんが家のおじさんに頼んで、乗馬を楽しんでいました。


昼食をごちそうになった後は、ラマ教寺院へお参りし、オトク旗の街に戻ってモンゴル族の学校訪問、お役所主催によるお別れパーティと予定が続きます。

続きは【その3】にまとめますのでご覧ください。


2012.05.28 Mon l 旅行記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
植林ツアー参加記録その3です。

2012年5月8日午後、牧民さんのお宅で昼食をごちそうになった後、バスはラマ教寺院へ向けて出発しました。
しばらく走ると雨が降り出しました。そのうち土砂降りの雨。それにカミナリまで…。
植林の後ですから、これはもう恵みの雨でしょう。
これで植えた苗木の活着率UPが期待できそうです。


ラマ教寺院の様子です。
シュリゲ寺という名のお寺さんとのこと。
写真と動画を一緒にご覧いただきましょう。

ラマ教という呼び方は、現在は用いられなくなっています。チベット仏教という表現が望ましいようです。ここではラマ教と表現させていただきます。


次はオトク旗の街まで戻って、モンゴル族の学校を訪問しました。
NPO「草原の風」さんが貧しい家庭の生徒さんに支援を続けているというご縁があるということです。

学校に到着したころには雨があがっていました。
学校では生徒たちが私たちを拍手で迎えてくれ、ホールで心のこもった歓迎式となりました。
その模様を動画でご覧ください。



今日のスケジュール最後は地元役所主催?の歓迎・お別れパーティーです。
というのは、明日の朝、このオトク旗を出て次の目的地(上海)向うからです。

パーティーはオトク旗の町はずれにあるモンゴルレストランで行われました。
その模様はこの動画でどうぞ。



さて、植林作業は全員無事に終えることができました。
私たち「草原の風」32人と師範大学や地元関係者などで、およそ1000本の苗木を植えることができたということです。
あとは、これらの苗木が無事活着して、数年先にはこのオトクチ沙漠に「草原の風」の森が生まれてほしいものです。
緑の森ができれば風が和らぎ、砂の飛散・移動が納まる。木陰にはウシやヒツジが憩う。落ち葉とフンで草が生え、鳥が寄ってくる。そしていつの日か草原がよみがえる。そんな日を夢見たいものです。

今回の植林の旅は、明日はオトク旗を発ち、包頭から飛行機で上海へ向かいます。
旅は続くのですが、ブログは植林についての記事なので、これまで終わりとします。
ご覧いただいてありがとうございました。


●あとがき●
馬頭琴を始めたことが縁でモンゴルに関心を抱くようになった私(Toshi)…。
名古屋などに在住のモンゴル(内モンゴル)の知人・友人も何人かできました。
みんな楽しくてココロ優しい人間ばかりです。

内モンゴルのことを知るにつれ、モンゴルの人たちの暮らしが気になってきました。
美しい草原で遊牧生活を送っていたモンゴルの民が、その生活圏を漢民族に浸食され圧倒されつつあります。
環境破壊で沙漠が広がりました。伝統的な暮らしや言葉など民族の伝統文化が脅かされているのが現状のようです。

今回のツアーでは、観光旅行では見られない沙漠化の現状と、モンゴル族の牧民さんの暮らしの、ほんの一端を垣間見ることができました。生きいきとした青年たちとも会うことができました。ここ何年かの念願が叶いました。


実際は沙漠化は相当の勢いで進行していると聞きます。なまなかな植林(緑化)では追いつかないかもしれません。一番重要なのは中国の中央・地元政府が主体性を持って植林・緑化政策を進めることでしょう。
しかし、日本人にとって沙漠化は他人事ではありません。その影響は黄砂や気候変動として日本にも降りかかります。今まで以上の熱意をもって協力・支援することが必要だと感じました。

個人的には、関心のあった沙漠化の現状を目の当たりにすることができ、わずかながらお手伝いができました。思い出に残る旅となりました。
仲間に入れてくださったNPO「草原の風」の皆さんとハスゲレルさん、ありがとうございました。
何年か先、今回の現地を訪れて、「草原の風の森」を見てみたいものです。
(文責:Toshi)

2012.05.27 Sun l 旅行記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

この大型連休に、モンゴル国で開催された第3回国際馬頭琴フェスティバルに参加してきました。
そこで感じたことを少しまとめてみました。
書くのは馬頭琴にまつわることで、旅行記ではないのですが、写真も何枚かご覧いただきましょう。

さあ旅立ち!
いよいよモンゴルへのツアーが始まります。名古屋からのメンバーはEさん、Fさん、それに私(Yama)の3人です。


民族の歌の伴奏楽器として生活の中にあった馬頭琴は、昔は近所の人々が集まって宴会をし、歌を歌う日常がありました。
そのときに伴奏者としてその地方の馬頭琴奏者が育っていったのでした。

地方により演奏者により、歌い手も伴奏者も個性が発揮できていたのでしょう。
その奏法は弟子に受け継がれ、その地方にだけ伝わる奏法と言うものがあったのです。

文化が成熟し、この百年ほどの間に馬頭琴は芸術的なクオリティの高さ、演奏の美しさを追求してきました。
現在では演奏家も民間の腕のある人からではなく、大学で馬頭琴を学んだ人が、仕事として演奏する事になりました。
昔ながらの伝統的な民間の奏法は、伝わらずに消えていきつつあるのです。


全員合奏
フェスティバル参加者による全員合奏のシーンです。(Kさん撮影の写真をお借りしました)



ウランバートルのホールで聴いた国立馬頭琴楽団が奏でる演奏は、この上なく美しく、洗練されたものでした。
しかし、馬頭琴でなくてはならない特有な音色が失われつつある気がしました。

楽器製作者も、ヨーロッパでバイオリンやチェロの製作技術を勉強した人々が増えたため、どんどん洗練されてきました。お客様の要望により少し触っただけで音が出るような楽器が増えてきました。それは好ましい事ではないと指導者は嘆いていました。しかし、私達素人の演奏者にとっては、すごくありがたいことと感じています。


二人のステージ
Eさんと私のステージ。ドキドキでした。


中国・内モンゴルの馬頭琴をずっと弾いてきた私(yama)は、モンゴル国の馬頭琴の音の深さを素晴らしいと感じていました。最近になって、内モンゴルの楽器が変化し大きさや材質などがモンゴル国のものに近くなり、両国の馬頭琴が似てきたなとも感じていました。

両国間の大学の先生の交流が盛んになり、多くの指導者がモンゴル国から内モンゴルに赴任しています。内モンゴルの馬頭琴を学ぶ大学生が、単位が取りやすく将来性を求めてモンゴル国の大学院に留学をしてきます。交流が深まるにつれ、時代の流れで、楽器も楽曲も変化を遂げていくのだと感じました。


リボーさんのステージ
私たちの先生リボー(李波)さんのステージ。今さらながら、リボーさんの演奏の素晴らしさを思い知らされました。もちろん客席からは大きな拍手が…。

生活習慣の変化で、今ではインターネットを通じて、情報がくまなく行き渡る時代です。
民族楽器として、外国の人に知られることの少なかった馬頭琴は、特に若い人々には無縁の楽器でした。しかし最近アメリカやヨーロッパでロックグループのいくつかが、馬頭琴やホーミーを取り入れて評判となり、若者に一気に広まりました。今まで興味の無かったモンゴルの高校生や、中学生にも馬頭琴愛好家が増えたそうです。今回のフェスティバルには実際に若く素晴らしい演奏者が大勢出演していて、頼もしく感じました。

今後、馬頭琴はどの様に成熟し、どの様に変化を遂げるのでしょうか。とても楽しみです。
バイオリンやビオラ・チェロでなく、馬頭琴でなければできない表現力と音色を求めて進化を遂げて欲しいと願っています。    (文責:yama)



2012.05.26 Sat l 馬頭琴 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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