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木曽馬のふるさと、そして美味しいソバで知られる、長野県木曽町の開田高原…。
その開田高原の町おこしのグループからお声がかかりました。日にちは9月6日です。
地域の文化祭のアトラクションとしてモンゴルの馬頭琴、歌、そして踊りのコンサートをやって欲しいとの有難いお申し出です。
もちろんサランモルは大喜び。
出演者、家族、友人知人……10人ほどが開田高原に集結しました。

その催しのチラシです。
開田高原文化祭のチラシ


前夜は開田高原のとあるペンションで、町おこしのグループ(2団体)の会員の方々と交流会が行われました。
詳細は書きませんが、なんと楽しかったこと。また、皆さんの町おこしにかける思いの深さに打たれたのでした。

さて、本番当日。残念ながら小雨。でも会場の体育館には大勢のお客様がお越しくださいました。
オープニングです。
開田高原文化祭 オープニング

ウンドスさんは、馬頭琴のあと、トプシュールを弾きながらのホーミーの演奏。トプシュールは珍しい民族楽器です。彼が新疆ウイグルへ行ったときに買い求めたのだそうです。
ウンドスさんがトプシュールでホーミー

ドガラさんのモンゴル舞踊。草原で暮らす遊牧民たちの息遣いが伝わってきます。
ドガラさんのモンゴル舞踊

ポウジンゾンさんの歌。 何曲か素晴らしい歌声を披露した後は、彼の歌に合わせてお客様にも「故郷」を歌っていただきました。ポウさんとお客様とで「故郷」を歌いました

もちろん、このあとお客様には馬頭琴体験と安代舞の踊りもやっていただきましたよ。

次の写真で「開田高原文化祭」の会場風景をご覧いただきましょう。
文化祭会場風景-麻織物
開田高原文化祭会場風景


開田高原とサランモルとは、深いご縁があるのです。キーワードは木曽馬とモンゴルでしょうか。
過去に4回ほどコンサートを開いています。これでまた1回、思い出を積み上げることが出来ました。
開田高原の皆様、ありがとうございました。
木曽御岳山の噴火で観光客の足が遠のき気味と聞きます。風評被害を克服し、開田高原に大勢のお客様が戻るよう、願っています。





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2015.10.30 Fri l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
恵那市岩村コミュニティーセンターでのコンサート。第二部は「いわむら一斎塾」が佐藤一斎の業績を顕彰するために作られたアニメーション「おじいちゃんとぼく 第一話」の上映です。

著作権の関係もあり、残念ながらここでは公開できません。でも、ほのぼのとして、しかし考えさせられるところのある、とてもよいアニメだったということだけ申し上げておきましょう。
今回上映されたのは第一話です。以降の制作が待たれます。
こちらのサイト(アニメ製作会社)でプロモーション映像が見られます。ご覧ください。こちら

■第三部
第三部、最後のステージです。
再び、リボーさんとポウジンゾンさんがメインのステージです。

「誰も寝てはならぬ」 (プッチーニ作曲 歌劇「トゥーランドット」より)
テノールのための有名なアリアです。伴奏はクリスチャンさん。ポウさんと息ピッタリです。


G線上のアリア
J.S.Bachの作曲によるヴァイオリンの名曲です。G線と呼ばれる1本の弦だけで弾くことで知られています。
その曲をリボーさんが馬頭琴で弾きます。


チャルダッシュ
さあ、コンサートの最後の曲となりました。モンティ作曲のチャルダッシュ(チャールダーシュ)です。
このヴァイオリン向けの曲を馬頭琴で弾くのは実は大変なことのようですよ。


コンサートが終わりました。
長い長い取材記にお付き合いいただいて、ありがとうごさいました。
コンサートを見に行った、という気分になっていただけましたか。

このコンサートの取材に協力いただいたYさん撮影の写真でスライドショーを作りました。ご覧ください。

スライドショー最後の写真は出演者と一斎塾など関係の方との記念撮影です。こんなにも大勢の地元の方が協力して下さったのですね。佐藤一斎に寄せる思いが伝わってくるようです。

最後に岩村観光のおすすめです。
岩村はとても風情のある城下町です。趣きのある古い家並みが続いていて、なぜか懐かしさがこみ上げます。
町から少し抜けると、「農村景観日本一」ともいわれるゆったりした農村風景が広がっています。ぜひ一度お出かけください。できれば明智鉄道に乗って!


2015.03.11 Wed l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
1月中旬から始まった出前授業。
2月4~5日は恵那市の4校で出前授業を行いました。

4日は山岡小学校と明智小学校、5日は岩邑(いわむら)小学校と上矢作小学校と、午前午後1校づつ。
サランモルのメンバー4人は、ハードスケジュールもなんのその…。恵那地域での出前授業を楽しみました。

遠隔地なので2日続けての日帰りはきつい…。という訳で4日の夜は「茅の宿とみだ」という古民家の宿に宿泊となりました。この宿が囲炉裏があったり、趣きがあって素敵でした。「茅の宿とみだ」についてはこちら

そのうち恵那市立岩邑小学校では、新聞、テレビ、CATVなどメディアの取材が4つもありました。
5日夜帰宅して我が家でにNHK総合テレビを観たら、ローカルニュースで私たちの出前授業が画面に登場してびっくり。
「ほっとイブニング東海」と「ほっとイブニングぎふ」の2回にわたって放映されました。

以下、テレビ画面のイメージをご覧ください。岐阜向けのほっとイブニングから。

NHKテレビタイトル画面

合奏風景遠景

座って聞く子どもたち

合奏風景アップ

演奏アップ

馬頭琴体験

安代舞の伴奏

今回の一連の出前授業はNPO法人「いわむら一斎塾」さまのお世話によるものでした。
江戸時代の岩村藩ゆかりの儒学者佐藤一斎の随想録「言志四録」を題材にしたアニメの上映とリボー馬頭琴コンサートが3月8日に開催されるのですが、出前授業を通してその催しを恵那地域の皆さまにお知らせしたい。そしてコンサートのお越しいただきたい…。そんな思いもありました。

一斎塾の会長さまにはつきっきりで同行いただくなど、大変お世話になりました。ありがとうございました。
「いわむら一斎塾」のホームページはこちら
2015.02.08 Sun l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top
3月11日に発生した東日本大震災・・・
テレビの画面で流れる津波の映像や被災地の惨状には、ただただ息をのみ、言葉をなくしました。

命は無事であっても、多くの方が肉親を失い、家や家財、車が流され、仕事を失いました。一か月たった現在も避難所で不自由な暮らしを強いられています。そして、原発事故はまだまだ予断を許さない状況が・・・。

そんなこと、言われなくても知っている!ですって?

失礼しました(^_^;)  
でも、ほんとうに心の痛む毎日です。

オアシス21
夕暮れせまるオアシス21

そんななか、ここ名古屋の若い音楽家仲間が少しでも被災された方々のチカラになりたいと立ち上がりました。
音楽家のできること、それは、音楽です。音楽の持つ「チカラ」で ヒトのこころに訴えることです。

DSCF0242.jpg
名古屋の若い音楽家たち


遠い名古屋ではあるけれど、会場の、あるいは通りがかりの皆さんに音楽を聴いていただくことで、被災地の方々に思いを寄せ、気持ちだけでも寄り添おう・・・
そして音楽のチカラで義援金を募って被災地に送ろう・・・

そんな思いで、震災発生のちょうど1カ月目の4月11日にチャリティーコンサートを開催することになりました。

私たちサランモルのよき友人、中国・内モンゴル自治区出身のテノール歌手、包金鐘(ポォジンゾン)さん(※)もその一人だったので、応援と募金を兼ねて取材してきたという訳です。

オアシス21

サランモルの大事な友だち ポォジンゾンさん
 いつもながらすばらしい歌声でした。


会場は名古屋・栄のオアシス21。
【東日本大震災復興チャリティーコンサート ~音楽にできること~】と名付けられたこのコンサート。

歌(3人)、バイオリン(2人)、オカリナ&龍笛、キーボード弾き語り、ピアノなどなど、異色の組み合わせのアーティストが集まって、多彩な内容。それはそれは楽しそうな雰囲気でした。

モンゴルの王様や、ハッとするような衣装のバイオリニストさん、かと思えば江戸時代の甲冑姿の武士が登場したりで、目でも楽しめました。


オアシス21 
伊藤実知子さん  「リベルタンゴ」の演奏シーン。
妻い風が吹いてました。伊藤さん、カゼ大丈夫でしたか?(^^ゞ

オアシス21 
ナゾの武将 倉野宏道さん
手作りのヨロイカブトで、オカリナと龍笛を演奏 
  

 DSCF0254.jpg
篠崎ゆかりさん  素晴らしい歌声でした。
歌手であり、今回主催した音楽事務所の代表でもあります♪

オアシス21 
岡野裕子さん  「ロスマリン」「エトピリカ」などを演奏
 
オアシス21 
中野嘉章さん   この方の歌声も素晴らしいかった♪

DSCF0257.jpg
大矢たけはるさん シンガーソングライター

今回のチャリティーコンサートの模様を短いダイジェストビデオにまとめました。
お楽しみください。



なお、義援金ですが、8万円を超える心温まる募金が寄せられたようです。
通り過ぎてから気がつかれ、わざわざ戻ってきて募金箱にお金を入れてくださる方がいたりで、募金箱を持ったボランティアスタッフも感激の面持ちでした。


さて、名古屋の若い音楽仲間たちの思い、被災された皆さま方に届いたでしょうか?

あとは一日も早く復興に取り掛かり、せめて仮設住宅ででも早く入居できて平穏に暮らせる日が来ることを願っております。そして被災地に元気と笑顔と賑わいの戻る日が早いことを願うばかりです。


 包金鐘さんの名前ですが、彼自身は,最近は自分の名前を「ボォジンゾン」、あるいはモンゴル名で「アルトホング」と称しているようです。外国の名前を日本語で表記するのはむつかしいんですね。

2011.04.13 Wed l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top